[登場人物] プロデューサー、天海春香、秋月律子 (如月千早、女性プロデューサー)

[劇中時期] 4月第4週

 

【プロローグ】 回想・1年前

 エンディング。ラストコンサート失敗。律子とP。

 あの日、律子は泣いていた。それでも、俺の声は確かに届いていた。

 ……そう、信じていた。

 歯車が噛み合わないまま、ラストコンサートは失敗に終わった。

P:「これからも、アイドル続けろよ! 本心じゃ、律子だってそうしたいんだろう?」

P:「ファンだってそれを望んでる! それに――」

 ただ、必死だった。

 そして、律子の返事は、今でも耳に残っている。

 涙と一緒にこぼれた言葉――。

律子:「やっぱり私……」

律子:「もうしばらく、悪あがきしてみる」

 それが、律子の最後の笑顔だった。

 そして、アイドル、“秋月律子” は765プロから、芸能界から姿を消した。

 獲得ファン数、104万人。最終アイドルランク、【B】――。

 “秋月律子” をこの世から消したのは、俺だ。

 

【第一幕】 それぞれの1年

 Lv.2事務所。春香とプロデューサーのみ在室。

 明日はオフにする、と伝えた時、春香さんは一瞬だけ考える素振りをして見せた。

春香:「あ、ちょうど1年ですもんね」

春香:「何かイベントは起きそうですか?」

 春香さんは意外に勘が鋭く、無邪気で、残酷だ。

P:「何も」

P:「一日中、自分の無力と無能を呪う日になりそうだよ」

 自嘲ではなく、後悔とも違う。

 心臓の中に溶けない氷を放り込まれたような、

 小さな、冷たい痛み――

  

春香:「プロデューサーがそんな顔だと、担当される方もツライなー」

   :「そーだ。まだ、探せば桜が咲いてる所があるかもしれない」

   :「いっそ気晴らしに、デートにでも誘っちゃおうかなー」

春香:「どうします? プロデューサー」

 

 俺達は知っている。

 春香さんが求める “プロデューサーさん” は、俺じゃない。

 俺が求める “アイドル” は、春香さんじゃない。

 だから俺達は、上手く行っている。

 律子を失って抜け殻になった俺に、

 プロデューサーさんを失った春香さんが手を差し伸べたあの日から、

 俺達の1年が始まった。

 デビュー曲は、『I want』。

 それは、たった一度だけの叫び。

 デビューから8ヶ月が経過したBランクアイドル “ハルカ” の、

 たった1曲だけの、ヒット曲――

 俺達は知っている。

 春香さんが求める “プロデューサーさん” は、俺じゃない。

 俺が求める “アイドル” は、春香さんじゃない。

 だから俺達は、上手く行っている。

 

【第二幕】 メール

 Pの独白。メールのやりとり。

 

 その夜、俺は一通のメールを受け取った。

 差出人毎にフォルダ分けされる社用携帯へのメール。

 その『差出人』からのメールは、ちょうど1年前、

 「ありがとう」という件名のメールが届いて以来だった。


件名:Blue

 

本文: 明日は久しぶりのオフとなりました。

     よりによって、ですよね。つい、色々と考えてしまって……

     いっそ、昔を懐かしんでブルースでも聴きに行こうかと思います。

     明日は起こしてくれる人が隣にいないから、気を付けないといけませんね。


件名:RE:Blue

 

本文: どう触れていいのか、分からなかった。

     今も。

     でも。

     それでも、俺は、律子の声が聞きたい。

 

【第三幕】 再会

 ジャズバー。ランクDコミュ、『ライブ鑑賞』の舞台。 

 

 

 あの日と同じ店で、同じ歌を聞きながら、同じ照明の下を歩く。

 あの日と同じボックス席を目指して歩く。

 そして、あの日と同じ “秋月律子” の面影を探していた自分に気付き、

 また、胸の奥が冷えた。

 “秋月律子” は、もういないのに……

 

 P :「隣、いいかな?」

律子:「来てくれたんですね」

 P :「メール、返しただろ?」

律子:「なんか、恥ずかしい内容のメールでしたよ」

 不自然なくらい自然な会話。

 緊張も、わだかまりもなく、向かいの席に座る。

 その声だけは間違いなく、“秋月律子” の声だった。

律子:「1年ですね」

   :「私がソロで、ファン100万人なんて、出来過ぎでした」

 P :「それなのに、ランクBで終わらせちまった」

   :「ランクAに上がって当然の人気も、実力もあったのに……」

律子:「あー、ダメなパターンですよ。この流れは」

   :「『私の力不足』と『俺のプロデュースのミス』で散々言い合ったじゃないですか」

 P :「……分かってる。それでも、『もしも』を考えてしまうんだ」

   :「あのタイミングで――」

   :「“如月千早”が『Vocal Master』に出る可能性に気付いていたら、って」

 

【第四幕】 “ハルカ” と “Mirage”

 自室でPVを見る春香。

 プロデューサーからのメールのタイトルは『ゴメン』。

 今日のデートは中止、と書いてあった。

 本気で誘う訳が無いのに。

 本気で応える気なんて無いくせに。

 携帯を置き、ノートPCを開く。

 千早ちゃんからもらったPVを見る。

 “如月千早ソロユニット・Mirage(ミラージュ)”の新曲。

 

 

春香:「千早ちゃんのPVはいつもカッコいいなぁ……」

 画面の中で、“Mirage”が歌ってる。

 極端に無表情の千早ちゃんと、仮面みたいな笑顔の人。

 前の1年からブランク無しで再始動した千早ちゃんの“Mirage”。

 私より2ヶ月早く再始動した千早ちゃんは、10ヶ月目の今月、ランクAに昇った。

 ファン数はすでに140万に届く勢い、とも言われている。

春香:「次は『SUPER IDOL』に挑戦かも、って」

春香:「プロデューサーさん。私達も次こそ、『SUPER IDOL』出ましょうね」

 世間は“Mirage”に注目している。

 それでいい。

 765プロを離れてしまったプロデューサーさんは、それでも私を見てくれているはずだ。

 Aランクで活動を終了した私が、今、Bランクで低迷している姿を見ているはずだ。

 それでいい。

 “天海春香”の魅力を引き出せるのは自分しかいないって、

 きっと、そう思ってくれるはずだから。

 

【第五幕】 間違い

ジャズバー。ランクDコミュ、『ライブ鑑賞』の舞台。

律子:「プロデューサーは」

   :「どうして今日、来てくれたんですか?」

 P :「――謝りたかった」

   :「律子は、秋月律子としてスポットライトを浴びるべきなんだ」

   :「俺は、律子を守れなかった」

 

 その月の『Vocal Master』は、律子の圧勝と、誰もが予想していた。

 取材陣の注目度も高く、受け答えをする律子も、ノッていた。

 デビューから11ヶ月が経過していた。

 既に『Dance Master』と『Visual Master』を制していた“秋月律子”は、

 『Vocal Master』制覇でアイドルランクAに昇るはずだった。

 しかし、

 その前に立ちはだかったのは、同じ765プロ所属のアイドル、

 デビューから9ヶ月の“如月千早”だった。

 『Vocal Master』は事実上、2人の一騎打ちとなった。

律子:「プロデューサー」

   :「私が今日、プロデューサーを呼んだ理由、教えましょうか?」

 P :「あ、あぁ。聞かせてくれ」

律子:「過去を引きずって何もかもセンチメンタルになってる――」

   :「大バカ プロデューサーの横っ面ひっぱたく為ですよ」

 P :「ちょっと待て。なんでそんな――」

律子:「待ちません。そもそも『守れなかった』って、何ですか?」

   :「一体、どうやったら『守れた』って言うんですか?」

 1年間、いつもあの頃の事を考えていた。

 ああしたら、どうなっていただろう。

 こうしたら、何が変わっていただろう、と。

 俺達には、時間が無かった。

 あの週の『Vocal Master』攻略は、外せなかった。

律子:「“如月千早”に出られたら勝てないから、今回は譲ってくれ」

   :「そう言って、あのプロデューサーに頭でも下げるんですか?」

 P :「いや、そうじゃ――」

 そうじゃないと、言い切れるか? どんな手がある? いつまで遡ればいい?

 戦場は『Vocal Master』、敵は“如月千早”。そして背後に、あの女が付いている。

 戦略で、真っ向勝負で、勝つ見込みはあっただろうか。

律子:「今の私を、『かわいそう』って、思ってますか?」

 P :「…………」

 沈黙。

 そんな俺の顔を見て、律子が小さく笑った

律子:「“Mirage”がデビューして、10ヶ月が経ちました――」

 

 

 “Mirage”は、“如月千早”のプロデューサーが、

 1年のプロデュースを終えた直後に立ち上げた“如月千早”のソロユニットだ。

 だが、ステージの上、そしてPVの中では常にもう1人が付き従う。 

 幻のデュオ――。

 マスコミは、もう1人の千早の正体を探ろうと必死になっている。

 ファンサイトでも、様々な憶測や推理がされている。

律子:「『Vocal Master』で千早に負けてから、マスコミにも色々書かれましたよね」

   :「765プロの内紛とか、プロデューサー間の確執とか」

   :「私に様々な妨害をされてた千早が、ついに反撃に出た――とか」

 ひどい有様だった。

 もう、活動停止が目の前に差し迫っていた。

 ラストコンサートのチケットは既に全席売り切れていたが、

 『Vocal Master』での敗北と週刊誌の捏造スキャンダルのせいでファンの心は冷め、

 “秋月律子”のラストコンサートは、成功とは程遠い幕切れとなった。

律子:「おかげで、私の事なんてもう、誰も憶えてません」

   :「ましてや、その千早の影としてユニットを組んでる、なんて誰も」

 P :「俺は、憶えてる。律子は、誰より魅力的なアイドルなんだ」

 P :「忘れられるもんか。律子が裏方で終わるなんて、おかしいだろ」

   :「あの女のプロデュースは間違ってる」

   :「千早1人を売る為に律子を犠牲にするなんて――」

 (パン!)

 P :「……どうして?」

律子:「ひっぱたくの、忘れてました」

   :「犠牲、って何です? どこまで過去を引きずって勘違いを続けるの?」

 P :「だって、おかしいだろ!?」

   :「今の千早の人気は、千早1人の人気じゃない!」

   :「律子の歌だって千早に負けてない」

   :「それなのに名前も出さず、トークもさせず、本当に影扱いじゃないか」

律子:「真美だって似たようなもんじゃない」

 P :「ふざけるな」

律子:「ごめんなさい。でも、これだって真面目な話よ」

   :「犠牲、って何?」

 P :「だって、おかしいだろ!?」

律子:「私が望んだ事よ」

 P :「どうして!?」

律子:「事実を、認めて」

   :「あんな活動の終わり方をした私を、あの直後で、誰が再起させられるの?」

律子:「1年。これはあの女性(ひと)との契約よ」

   :「私は一切表に出ない。名前も、顔も。765プロからは一時的に除籍、引退」

   :「レッスンに関しては千早と同等の時間を費やす事」

   :「トークもCMも無い。営業すら無い。あるのはレッスンとステージと収録だけ――」

   :「そんな10ヶ月を過ごしてきたのよ。次の1年為に」

 律子の声。怒りと、苛立ちと、小さな、小さな涙。

律子:「私は、ダンスでも、歌でも、トップを目指すわ」

   :「あと必要なのは、本当に優秀なプロデューサーよ」

律子:「あなたが、あの女性のプロデュース手法が気に入らないのは分かった」

   :「でも、140万のファンを獲得しているのは事実よ」

   :「プロデューサー、“ハルカ”はどうなの?」

 P :「それは……」

 ハルカは、成功を望んでいない。

 最初のプロデューサーと残した結果を超える事を、望んでいない。

 だから、俺を選んだんだ。

 一度だけ、なぜ、俺に声を掛けたのか、と聞いた。

 答はたった1つだった。

「あなたは、『トップアイドルを目指そう』なんて言いそうにないから」

 そうだ。

 俺が、一緒にトップアイドルを目指すのは、“ハルカ”じゃない。

 だから――

  

 

「申し訳ございません。ラストオーダーのお時間ですが」

 タキシード姿の男性が、そう告げた。

 あぁ、と慌ててメニューを開こうとする俺の手を遮ると、

 律子はその男性に、もう出ます、と小さく会釈を返した。

「どうしても今夜、あの場所で、話がしたいです」

 律子が言った。

「すぐに後を追うから。先に行って、待っていて下さい」

 そう、律子が言った。 

 

【終幕】 ラストオーダー

エンディングの舞台。約束の地。律子を待つP。律子が少し、遅れた理由。

 

 

 徒歩で10分ほどの移動の間、律子との会話を思い返していた。

 

律子:「あと必要なのは、本当に優秀なプロデューサーよ」

 

 律子の声と表情が、焼き付いて離れない。

 俺は、律子の目に、どう映っているだろう?

 

 いつかまた律子と――

 

 そう考えていた俺は、一体、何をしていたんだろう。

 律子のプロデュースを失敗だったと言いながら、俺は“ハルカ”を――

 

律子:「私が今日、プロデューサーを呼んだ理由、教えましょうか?」

   :「過去を引きずって何もかもセンチメンタルになってる――」

   :「大バカ プロデューサーの横っ面ひっぱたく為ですよ」

 

 まったくだ。

 ひっぱたかれて当然だ。

 

「でも、まだチャンスがある、って事だよな」

 

 今は4月の終わり。

 “Mirage”の活動終了まで、あと2ヶ月。

 “ハルカ” の活動終了まで、あと、4ヶ月――。

 

 橋の上から見上げた空に、獅子座のレグルスが輝いていた。

 

 

律子:「何が、見えますか?」

 

 背後から聞こえる律子の声。

 

 P :「牛飼いのアークトゥルス、乙女のスピカ、獅子のデネボラ」

律子:「春の大三角形、ですね」

 

 振り返れば、そこには懐かしい面影。

 

 P :「律子……」

律子:「憶えてる、って言ってくれて、嬉しかったので」

 

 律子は腕を組み、一度、眼鏡に手を添えた。

 

律子:「私、プロデューサーと、トップアイドルを目指したいです」

   :「だから、本気で目指してください。春香と、トップアイドルを」

 P :「春香と、か?」

律子:「ええ。あと4ヶ月も腐ってたら、リハビリが大変ですよ!」

 P :「腐るって、失礼だな!」

律子:「何言ってるんですか。どう見たって手抜きもいい所ですよ!」

   :「イメージ戦略も、リリース時期も、わざとずらしてるみたいじゃないですか」

 P :「あー、それには色々と理由や事情が――」

律子:「関係ありません」

   :「その理由や事情を何とかするのがプロデューサーの仕事でしょ」

 

 不自然なくらい自然な会話。

 緊張も、わだかまりもなく、ただ、心地良い時間が過ぎていく。

 

律子:「私は、やっぱりあなたにプロデュースして欲しいから」

   :「だから、『最高のプロデューサー』になって欲しいの」

 P :「最善を、尽くすよ」

律子:「春香と一緒に、 “Mirage” を、超えてください」

   :「そして私が“Mirage” も “ハルカ” も超えられるよう、プロデュースしてください」

 

 

律子:「これが、名も無きアイドルからの、『最後のお願い(ラストオーダー)』です」

 

 

 

 

 翌日、俺は765プロのオフィスの前で、一度大きく深呼吸をした。

 春香さんに伝えなきゃいけない。

 俺が、言いそうにないと言われた言葉を。

 

 あと4ヶ月――。

 まずは、ミーティングから始めよう。

 君のプロデューサーさんを、振り向かせる方法は、いくらでもあるはずだから。

 

 

 

おわり  

 

 

 

 

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