|
[登場人物] プロデューサー、天海春香、秋月律子 (如月千早、女性プロデューサー) [劇中時期] 4月第4週 |
|
【プロローグ】 回想・1年前 |
エンディング。ラストコンサート失敗。律子とP。 |
|
■ あの日、律子は泣いていた。それでも、俺の声は確かに届いていた。 ……そう、信じていた。 ■ |
|
■ 歯車が噛み合わないまま、ラストコンサートは失敗に終わった。 ■ P:「これからも、アイドル続けろよ! 本心じゃ、律子だってそうしたいんだろう?」 P:「ファンだってそれを望んでる! それに――」 ■ ただ、必死だった。 ■ そして、律子の返事は、今でも耳に残っている。 涙と一緒にこぼれた言葉――。 ■ 律子:「やっぱり私……」 律子:「もうしばらく、悪あがきしてみる」 ■ |
|
■ それが、律子の最後の笑顔だった。 ■ |
|
■ そして、アイドル、“秋月律子” は765プロから、芸能界から姿を消した。 獲得ファン数、104万人。最終アイドルランク、【B】――。 ■ “秋月律子” をこの世から消したのは、俺だ。 ■ |
|
【第一幕】 それぞれの1年 |
Lv.2事務所。春香とプロデューサーのみ在室。 |
|
■ 明日はオフにする、と伝えた時、春香さんは一瞬だけ考える素振りをして見せた。 ■ 春香:「あ、ちょうど1年ですもんね」 春香:「何かイベントは起きそうですか?」 ■ 春香さんは意外に勘が鋭く、無邪気で、残酷だ。 ■ P:「何も」 P:「一日中、自分の無力と無能を呪う日になりそうだよ」 ■ 自嘲ではなく、後悔とも違う。 心臓の中に溶けない氷を放り込まれたような、 小さな、冷たい痛み―― ■ |
|
春香:「プロデューサーがそんな顔だと、担当される方もツライなー」 :「そーだ。まだ、探せば桜が咲いてる所があるかもしれない」 :「いっそ気晴らしに、デートにでも誘っちゃおうかなー」 ■ 春香:「どうします? プロデューサー」 |
|
|
■ 俺達は知っている。 春香さんが求める “プロデューサーさん” は、俺じゃない。 俺が求める “アイドル” は、春香さんじゃない。 だから俺達は、上手く行っている。 ■ 律子を失って抜け殻になった俺に、 プロデューサーさんを失った春香さんが手を差し伸べたあの日から、 俺達の1年が始まった。 ■ デビュー曲は、『I want』。 それは、たった一度だけの叫び。 デビューから8ヶ月が経過したBランクアイドル “ハルカ” の、 たった1曲だけの、ヒット曲―― ■ 俺達は知っている。 春香さんが求める “プロデューサーさん” は、俺じゃない。 俺が求める “アイドル” は、春香さんじゃない。 だから俺達は、上手く行っている。 ■ |
|
【第二幕】 メール |
Pの独白。メールのやりとり。 |
|
|
■ その夜、俺は一通のメールを受け取った。 ■ 差出人毎にフォルダ分けされる社用携帯へのメール。 その『差出人』からのメールは、ちょうど1年前、 「ありがとう」という件名のメールが届いて以来だった。 ■ 件名:Blue ■ 本文: 明日は久しぶりのオフとなりました。 よりによって、ですよね。つい、色々と考えてしまって…… いっそ、昔を懐かしんでブルースでも聴きに行こうかと思います。 明日は起こしてくれる人が隣にいないから、気を付けないといけませんね。 件名:RE:Blue ■ 本文: どう触れていいのか、分からなかった。 今も。 ■ でも。 それでも、俺は、律子の声が聞きたい。 ■ |
|
【第三幕】 再会 |
ジャズバー。ランクDコミュ、『ライブ鑑賞』の舞台。 |
|
■ あの日と同じ店で、同じ歌を聞きながら、同じ照明の下を歩く。 あの日と同じボックス席を目指して歩く。 そして、あの日と同じ “秋月律子” の面影を探していた自分に気付き、 また、胸の奥が冷えた。 ■ “秋月律子” は、もういないのに…… ■ |
|
■ P :「隣、いいかな?」 律子:「来てくれたんですね」 P :「メール、返しただろ?」 律子:「なんか、恥ずかしい内容のメールでしたよ」 ■ 不自然なくらい自然な会話。 緊張も、わだかまりもなく、向かいの席に座る。 ■ その声だけは間違いなく、“秋月律子” の声だった。 ■ ■ 律子:「1年ですね」 :「私がソロで、ファン100万人なんて、出来過ぎでした」 P :「それなのに、ランクBで終わらせちまった」 :「ランクAに上がって当然の人気も、実力もあったのに……」 律子:「あー、ダメなパターンですよ。この流れは」 :「『私の力不足』と『俺のプロデュースのミス』で散々言い合ったじゃないですか」 P :「……分かってる。それでも、『もしも』を考えてしまうんだ」 :「あのタイミングで――」 :「“如月千早”が『Vocal Master』に出る可能性に気付いていたら、って」 ■ |
|
【第四幕】 “ハルカ” と “Mirage” |
自室でPVを見る春香。 |
||||
■ プロデューサーからのメールのタイトルは『ゴメン』。 今日のデートは中止、と書いてあった。 本気で誘う訳が無いのに。 本気で応える気なんて無いくせに。 ■ 携帯を置き、ノートPCを開く。 ■ 千早ちゃんからもらったPVを見る。 “如月千早ソロユニット・Mirage(ミラージュ)”の新曲。 ■ |
||||
|
||||
■ 春香:「千早ちゃんのPVはいつもカッコいいなぁ……」 ■ 画面の中で、“Mirage”が歌ってる。 極端に無表情の千早ちゃんと、仮面みたいな笑顔の人。 ■ 前の1年からブランク無しで再始動した千早ちゃんの“Mirage”。 私より2ヶ月早く再始動した千早ちゃんは、10ヶ月目の今月、ランクAに昇った。 ファン数はすでに140万に届く勢い、とも言われている。 ■ 春香:「次は『SUPER IDOL』に挑戦かも、って」 春香:「プロデューサーさん。私達も次こそ、『SUPER IDOL』出ましょうね」 ■ 世間は“Mirage”に注目している。 それでいい。 765プロを離れてしまったプロデューサーさんは、それでも私を見てくれているはずだ。 Aランクで活動を終了した私が、今、Bランクで低迷している姿を見ているはずだ。 それでいい。 ■ “天海春香”の魅力を引き出せるのは自分しかいないって、 きっと、そう思ってくれるはずだから。 ■ |
|
【第五幕】 間違い |
ジャズバー。ランクDコミュ、『ライブ鑑賞』の舞台。 |
|
律子:「プロデューサーは」 :「どうして今日、来てくれたんですか?」 P :「――謝りたかった」 :「律子は、秋月律子としてスポットライトを浴びるべきなんだ」 :「俺は、律子を守れなかった」 |
|
|
■ その月の『Vocal Master』は、律子の圧勝と、誰もが予想していた。 取材陣の注目度も高く、受け答えをする律子も、ノッていた。 ■ デビューから11ヶ月が経過していた。 既に『Dance Master』と『Visual Master』を制していた“秋月律子”は、 『Vocal Master』制覇でアイドルランクAに昇るはずだった。 ■ しかし、 その前に立ちはだかったのは、同じ765プロ所属のアイドル、 デビューから9ヶ月の“如月千早”だった。 ■ 『Vocal Master』は事実上、2人の一騎打ちとなった。 ■ |
■ 律子:「プロデューサー」 :「私が今日、プロデューサーを呼んだ理由、教えましょうか?」 P :「あ、あぁ。聞かせてくれ」 律子:「過去を引きずって何もかもセンチメンタルになってる――」 :「大バカ プロデューサーの横っ面ひっぱたく為ですよ」 ■ P :「ちょっと待て。なんでそんな――」 律子:「待ちません。そもそも『守れなかった』って、何ですか?」 :「一体、どうやったら『守れた』って言うんですか?」 ■ 1年間、いつもあの頃の事を考えていた。 ああしたら、どうなっていただろう。 こうしたら、何が変わっていただろう、と。 ■ 俺達には、時間が無かった。 あの週の『Vocal Master』攻略は、外せなかった。 ■ 律子:「“如月千早”に出られたら勝てないから、今回は譲ってくれ」 :「そう言って、あのプロデューサーに頭でも下げるんですか?」 P :「いや、そうじゃ――」 ■ そうじゃないと、言い切れるか? どんな手がある? いつまで遡ればいい? 戦場は『Vocal Master』、敵は“如月千早”。そして背後に、あの女が付いている。 戦略で、真っ向勝負で、勝つ見込みはあっただろうか。 ■ 律子:「今の私を、『かわいそう』って、思ってますか?」 P :「…………」 ■ 沈黙。 そんな俺の顔を見て、律子が小さく笑った ■ 律子:「“Mirage”がデビューして、10ヶ月が経ちました――」 ■ |
|
|
■ “Mirage”は、“如月千早”のプロデューサーが、 1年のプロデュースを終えた直後に立ち上げた“如月千早”のソロユニットだ。 だが、ステージの上、そしてPVの中では常にもう1人が付き従う。 幻のデュオ――。 ■ マスコミは、もう1人の千早の正体を探ろうと必死になっている。 ファンサイトでも、様々な憶測や推理がされている。 ■ |
■ 律子:「『Vocal Master』で千早に負けてから、マスコミにも色々書かれましたよね」 :「765プロの内紛とか、プロデューサー間の確執とか」 :「私に様々な妨害をされてた千早が、ついに反撃に出た――とか」 ■ ひどい有様だった。 もう、活動停止が目の前に差し迫っていた。 ラストコンサートのチケットは既に全席売り切れていたが、 『Vocal Master』での敗北と週刊誌の捏造スキャンダルのせいでファンの心は冷め、 “秋月律子”のラストコンサートは、成功とは程遠い幕切れとなった。 ■ 律子:「おかげで、私の事なんてもう、誰も憶えてません」 :「ましてや、その千早の影としてユニットを組んでる、なんて誰も」 ■ ■ P :「俺は、憶えてる。律子は、誰より魅力的なアイドルなんだ」 ■ ■ P :「忘れられるもんか。律子が裏方で終わるなんて、おかしいだろ」 :「あの女のプロデュースは間違ってる」 :「千早1人を売る為に律子を犠牲にするなんて――」 ■ (パン!) ■ P :「……どうして?」 律子:「ひっぱたくの、忘れてました」 :「犠牲、って何です? どこまで過去を引きずって勘違いを続けるの?」 P :「だって、おかしいだろ!?」 :「今の千早の人気は、千早1人の人気じゃない!」 :「律子の歌だって千早に負けてない」 :「それなのに名前も出さず、トークもさせず、本当に影扱いじゃないか」 律子:「真美だって似たようなもんじゃない」 P :「ふざけるな」 律子:「ごめんなさい。でも、これだって真面目な話よ」 :「犠牲、って何?」 P :「だって、おかしいだろ!?」 律子:「私が望んだ事よ」 P :「どうして!?」 律子:「事実を、認めて」 :「あんな活動の終わり方をした私を、あの直後で、誰が再起させられるの?」 ■ 律子:「1年。これはあの女性(ひと)との契約よ」 :「私は一切表に出ない。名前も、顔も。765プロからは一時的に除籍、引退」 :「レッスンに関しては千早と同等の時間を費やす事」 :「トークもCMも無い。営業すら無い。あるのはレッスンとステージと収録だけ――」 :「そんな10ヶ月を過ごしてきたのよ。次の1年為に」 ■ 律子の声。怒りと、苛立ちと、小さな、小さな涙。 ■ 律子:「私は、ダンスでも、歌でも、トップを目指すわ」 :「あと必要なのは、本当に優秀なプロデューサーよ」 ■ 律子:「あなたが、あの女性のプロデュース手法が気に入らないのは分かった」 :「でも、140万のファンを獲得しているのは事実よ」 :「プロデューサー、“ハルカ”はどうなの?」 P :「それは……」 ■ ハルカは、成功を望んでいない。 最初のプロデューサーと残した結果を超える事を、望んでいない。 だから、俺を選んだんだ。 一度だけ、なぜ、俺に声を掛けたのか、と聞いた。 答はたった1つだった。 「あなたは、『トップアイドルを目指そう』なんて言いそうにないから」 ■ そうだ。 俺が、一緒にトップアイドルを目指すのは、“ハルカ”じゃない。 だから―― ■ |
|
|
■ 「申し訳ございません。ラストオーダーのお時間ですが」 ■ タキシード姿の男性が、そう告げた。 あぁ、と慌ててメニューを開こうとする俺の手を遮ると、 律子はその男性に、もう出ます、と小さく会釈を返した。 ■ 「どうしても今夜、あの場所で、話がしたいです」 律子が言った。 「すぐに後を追うから。先に行って、待っていて下さい」 そう、律子が言った。 ■ |
|
【終幕】 ラストオーダー |
エンディングの舞台。約束の地。律子を待つP。律子が少し、遅れた理由。 |
|
|
■ 徒歩で10分ほどの移動の間、律子との会話を思い返していた。 ■ 律子:「あと必要なのは、本当に優秀なプロデューサーよ」 ■ 律子の声と表情が、焼き付いて離れない。 俺は、律子の目に、どう映っているだろう? ■ いつかまた律子と―― ■ そう考えていた俺は、一体、何をしていたんだろう。 律子のプロデュースを失敗だったと言いながら、俺は“ハルカ”を―― ■ 律子:「私が今日、プロデューサーを呼んだ理由、教えましょうか?」 :「過去を引きずって何もかもセンチメンタルになってる――」 :「大バカ プロデューサーの横っ面ひっぱたく為ですよ」 ■ まったくだ。 ひっぱたかれて当然だ。 ■ 「でも、まだチャンスがある、って事だよな」 ■ 今は4月の終わり。 “Mirage”の活動終了まで、あと2ヶ月。 “ハルカ” の活動終了まで、あと、4ヶ月――。 ■ 橋の上から見上げた空に、獅子座のレグルスが輝いていた。 ■ |
■ 律子:「何が、見えますか?」 ■ 背後から聞こえる律子の声。 ■ P :「牛飼いのアークトゥルス、乙女のスピカ、獅子のデネボラ」 律子:「春の大三角形、ですね」 ■ 振り返れば、そこには懐かしい面影。 ■ P :「律子……」 律子:「憶えてる、って言ってくれて、嬉しかったので」 ■ 律子は腕を組み、一度、眼鏡に手を添えた。 ■ 律子:「私、プロデューサーと、トップアイドルを目指したいです」 :「だから、本気で目指してください。春香と、トップアイドルを」 P :「春香と、か?」 律子:「ええ。あと4ヶ月も腐ってたら、リハビリが大変ですよ!」 P :「腐るって、失礼だな!」 律子:「何言ってるんですか。どう見たって手抜きもいい所ですよ!」 :「イメージ戦略も、リリース時期も、わざとずらしてるみたいじゃないですか」 P :「あー、それには色々と理由や事情が――」 律子:「関係ありません」 :「その理由や事情を何とかするのがプロデューサーの仕事でしょ」 ■ 不自然なくらい自然な会話。 緊張も、わだかまりもなく、ただ、心地良い時間が過ぎていく。 ■ 律子:「私は、やっぱりあなたにプロデュースして欲しいから」 :「だから、『最高のプロデューサー』になって欲しいの」 P :「最善を、尽くすよ」 律子:「春香と一緒に、 “Mirage” を、超えてください」 :「そして私が“Mirage” も “ハルカ” も超えられるよう、プロデュースしてください」 ■ ■ 律子:「これが、名も無きアイドルからの、『最後のお願い(ラストオーダー)』です」 ■ ■ |
|
|
■ 翌日、俺は765プロのオフィスの前で、一度大きく深呼吸をした。 春香さんに伝えなきゃいけない。 俺が、言いそうにないと言われた言葉を。 ■ あと4ヶ月――。 まずは、ミーティングから始めよう。 君のプロデューサーさんを、振り向かせる方法は、いくらでもあるはずだから。 ■ ■ |
|
おわり |