Sect.1


 寒い、冬の日――。
「やっぱり、私達に欠けているのは、こう、キリッとしたシャープさとかクールさだと思うのよ」
 天海春香は、自分の言葉に頷きながら打ち明けた。
「確かに、ダンスが得意なメンバーとか増えたらいいかも……」
 萩原雪歩は、春香の言葉を意図的に曲解してみる。
「あ、でもでも、トークなんかでバシッとツッコむ人が必要かもです」
 高槻やよいは、2人の顔色を伺いながら呟いた。
『Clover 戦略会議』は、いつも袋小路から出られない――。

 765プロのアイドルユニット『Clover』は、春香、雪歩、やよいのトリオだ。
 ライブハウスを中心とした小規模のライブ活動を重ね、一定のファンを獲得している。
 実際に3人それぞれの人気は決して低くないのだが、ユニットとしてはあと一歩伸び悩んでいた。

 ――クローバーは、やっぱり四つ葉じゃないとダメなんじゃないかな?

 そんな春香の言葉が、全ての発端だった。
 そこで、あと1人加えるとしたら誰がいいか、というのがいつもの議題だった。

 前回は事務所の会議室で行っていた為、結論が出ないまま時間切れ解散となっていた。
 今回は会場を萩原家の離れの2階に移していた。
 やよいは家の手伝いがあって来れないそうだから、今は2人だけ。
「今日は、すっごく静かだね」
 春香が窓から外を見ると、錦鯉の泳ぐ池と松の木が立派な日本庭園が広がっている。
「あ、うん。お父さんが、お弟子さん達にしっかりお話してくれたみたいだから」
 ということは時間無制限で、完全に2人だけの空間が保証されたという事だった。



Sect.2


「なんかさー」
 コタツの天板にあごを載せた春香が呟いた。
「どうしたの? 春香ちゃん。今日、元気ないよね?」
 手元でポットから出したお湯を急須、茶碗と往復させて冷ましながら、雪歩が聞いた。
「こうやって新メンバーを誰にするか、って話をしても私達側だけの話じゃない?」
「んー、何が問題?」
「いや、誰か1人に決めて、その人が入ってくれるか、ってまた別の問題だよね」
 そこでもう一度、深いため息をついた。
「片想いで終わっちゃうかも、って事だよね……」
 雪歩も合わせてため息をついてみた。チクリと、胸の奥が痛い。
 その表情を見て、春香が少しだけ、背中を伸ばした。
「話変わるけど、最近、真ってあずささんと仲良いよね」
「話全然変わってないよぉ!」
 急須を取り落としそうになりながら、雪歩は顔を真っ赤にする。
「そんな事言ったら、千早ちゃんだっていつも律子さんと一緒だよ?」
「でもでもっ、あずささんと真はデュオ組んでるけど、千早ちゃんはまだソロだもん!」
 2人は顔を見合わせ、ぴったりのタイミングでもう一度、ため息をついた。
「なんか、ライバルが年上ってツラいよね……」


 みんな、分かっていた。お互いに、分かっていた。

 春香は千早を誘いたい。
 でも、千早は歌を追求したいから、バラエティ班と評される『Clover』とは元々距離がある。
 それに追い討ちをかけるように、最近、律子と仲がいい。
 千早から『ブラームスの作風をロマン派とするのは安易過ぎる気がする』とかいう話をされて、
 律子みたいに『それでも音楽史的にはベートーヴェンの正統後継と見るのが主流』なんて返せる訳がない。 

 雪歩は真を誘いたい。
 でも、真は現在、あずさとデュオを組んでいる。テレビもステージもこなせるデュオだ。
 小さなアクシデントはあったものの、2人の相性はバッチリで、ユニット解消の予定もない。
 2人のステージを見に行っても、確かに見とれるくらい「カッコイイ」と思ってしまう。
 楽屋で真から「どうだった?」と聞かれたら、褒め言葉以外、返せる訳がない。

 みんな、分かっていた。お互いに、分かっていた――はずだった。



Sect.3


 難しいよね、と呟く春香の声を聞きながら、雪歩はみかんの皮を剥き続けた。
「やよいだって相手が悪いよー。伊織は元々やよいを構ってくれてたけど、美希のアタックはすごいもん」
 春香の言葉は、自分達の境遇を嘆く内容から、少しずつどうやよいをサポートするか、に変化していた。
 春香はいつだって優しい。
 なんだかんだと理由を付けるが、心の底では、他人の応援ばかりしている。
 そんな春香だから、とても眩しくて、雪歩は、ついその姿を目で追ってしまう。
「ねぇ、春香ちゃん」
「ん? なに?」
 雪歩は、みかんを剥く手を止めて、それでも視線は手元に落としたまま、小さな声で言った。
「キスとか…してみない?」
 春香の目が、点になった。

 沈黙――。
 長い沈黙――。

「な、何? 突然。そ、そういうのは、好きな人とした方が……」 
 戸惑うような、春香の声。
「う、うん。そうだよね」
 消え入るような雪歩の声。 
「春香ちゃんにとって、私なんて――」
「ち、違うって。そういう話じゃなくて! だ、だって……あ、あれ?」

 沈黙――。
 長い沈黙――。

「でも、でもね、練習とか、どうかなって思って」
「……練習?」
 小さく笑いながら、上目遣いで春香を見る雪歩の姿は、なぜか今にも泣き出しそうだった。
 春香は、そんな視線をまっすぐに受け止めて、部屋の温度が少し、上がったように感じた。
「春香ちゃんがいつか好きな人とキスする時に、失敗しないように、練習相手くらいなら、私でも」


 沈黙――。
 長い沈黙――。

 そして。



Sect.4


「千早ちゃん、『Clover』に入ってくれるといいね」
 雪歩の声は、きっと本心なのだろう。
 雪歩はいつだって自分の事を後回しにしてしまう。
 他人の応援はするくせに、自分が応援される側にはなろうとしない。
 今だって、あずささんから真を奪おう、なんて考えられない。
 損な性格だ。
「真も、アリだと思うよ。私達のポジティブな感じに、更にアクセル! みたいな」
 ――私のこの言葉は、本心なんだろうか?


 唇が離れてからもずっと、2人の手は繋がれていた。
 こたつの中で、そっと。


 手を握ろうとしたのは、どっちだっただろう。


「もうちょっと、練習……してみる?」
 そう言ったのは、どっちだったろう?


 寒い、冬の日――。


                                                              【End】

 

『百合m@s108式』参加作品

お題消化:14)キス  36)まっすぐ

 

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