「あれ? 千早、何やってるの?」
新しく出来た水族館のプロモーションの仕事を終えて帰りの車を待つ間の事。
エントランスのソファで、千早が携帯を触っていた。
「誰かとメール? って、そういう訳でもないんだね」
「あぁ真、お疲れ様。そうやってすぐ覗き込むのは良くないわよ」
「ああ、いや、ゴメン。たまたま見えちゃったっていうか……」
見えたのは、千早の携帯の待ち受け画面。たぶんどこかヨーロッパの風景写真で、綺麗な川と、森の写真。
千早は、別に何かが動くわけでもないその画面を、じっと見ていた。
いや、違う。
その写真に意味は無くて、例えそれが夜景でも、幾何学模様でも、『それ』を見ていた訳じゃないんだ。
そして千早は、そのまま小さく息を吐く。
「……どうしたの?」
「分からないのよ」
千早の目は、真剣だった。
全く分からない。
元々難しい事を難しく考える性格だからこういう姿は良く見るんだけど、それにしても今日は重症だ。
「何が、分からないの?」
聞いてみる。
とりあえず大切なのは状況把握だ。
ボクは律子みたいに人の考えを読めないし、伊織みたいに鋭くも無いから、ストレートに聞くのが一番。
そう思って、聞いてみた。
携帯を閉じ、ジャケットの内ポケットに落とす。
自分の提案が却下された、と真が勘違いしない内に、それをもう一度取り出した。
真は、私の動作を不思議そうに見ている。
私は、私の動作を不思議に思いながら、続ける。
携帯を開く。アドレス帳。「か」行。
真が、慌てて視線を外す。
まぁ、どうでもいいのだけれど。
相手を選び、発信。
なんとなくマズいと思って、千早の携帯から目を逸らす。
結局、教えてくれないのかな、と思った時――ボクの携帯が震えた。
「え?」
携帯のディスプレイ。“千早”の文字。
一瞬、千早に視線を戻す。
目が合う。
視線で送る『何?』。視線で返される『どうぞ』。
電話に出て、はい、と答えた直後に聞こえる千早の声。
「デートしてくれますか?」
……え、それ何?
「つまり、納得がいかない、という事?」
「ええ。全く分からないわ」
千早が考え込んでいたのは、『Do-Dai』の歌詞だった。
(ケータイ取り出しポパピプペ)
「デートしてくれますか?」
「それまでほとんど接点の無かった人に電話をして、自分の名前を名乗る前に『デートしてくれますか?』なのよ。不自然だわ」
千早は、真剣に語る。
「そもそも、相手に告白されているのだから、その時点で自分の魅力を友人に確認するのも不必要よね?」
千早の疑問は、次から次へと湧いてくる。
『蒼い鳥』を自分の物として歌い上げる“早熟の歌姫”様は、実に狭く、暗い世界しか知らないんだよね。
ああ、そうか。如月千早という存在は、とても面白い。
千早自身が考える自分像と、マスコミに描かれた如月千早像は、どちらも間違いだ。
そして、きっと千早のご両親も、千早の事を正しく見ていない。
だから、せめてボクらだけは、千早のありのままを見ていよう。
こんなに足りない物だらけの、それでも一生懸命な、如月千早を。
「そうだね。まず、このヒロインは、自分に自信が無い女の子なんだ」
真がソファの前に回りこみ、少し肩を下げて立ってみせる。
「告白されたこと自体が、信じられない。『どうしてこんなダメダメな私が……』とか、そんな感じなんだ」
つい、笑ってしまった。
その先が、早く聞きたい。
「だから、まず『騙されてるかも』『何かの間違いじゃないか』って思ってしまってるから、『大丈夫、あなたは充分に魅力的よ』って言って欲しいのさ」
「どうして、そんな事を?」
「自分の価値を他人に、客観的に認めてもらうと、安心できるもんなんだよ」
「そうなの?」
「うん。自分の苦手なフィールドに立たされた時、それが一番良く分かると思うよ」
歌というフィールドを選んで、頑張ってる千早。
今は第三者から認められて安心する必要なんてこれっぽっちも無いだろうけど。
でもいつか、好きな人が出来たりしたら、きっとガチガチになるんだろうね。
自分の魅力なんて、きっと千早自身では見つけられないんだ。
そんな時は、ボク達が色々と教えてあげるよ。
千早は女の子としても、千早が思っている以上に魅力的だよ、って。
安心していいよ。
その時は、3通だけじゃない。
もっとたくさん、みんなからメールが届くはずだから。
【End】
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