気が付けば日は傾き、真っ白いはずの部屋の中が腐りかけのパイナップルみたいな色に染まっていた。
カーテンの隙間を縫うようにして窓から差し込む光が瞳を刺し、目の底がひどく痛んだ。
何度押さえてもまぶたの裏が焼けるようで、涙が止まらない。
ノックの音。
一度、キツく目を閉じて痛みを拭う。
入ってきた彼女が言った。
「体、拭きますね」
優しい声。手慣れた笑顔。
俺は、この人が苦手だ。
しばらく会っていない、元・同僚を思い出すから。
「俺、出られますかね……」
「その為にも、一緒に頑張りましょうね」
それも、ひどく聞き慣れた答。
腐りかけのパイナップルみたいに、甘くて苦い答だった。
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その日は、雪が降っていた。
2人は黙々と、雪の玉を転がしている。
公園を半周し、その雪玉が20粒ほどの涙を飲み込んだ頃、伊織が聞いた。
「なんで、アンタはそんなに――」
風は無い。雪も、もうすぐやみそうだ。雨は降りそうに無い。
春香の涙を隠すものは、やがて何も無くなる。
だから、春香は泣くのをやめた。
「もう、忘れなさいよ」
伊織が、どちらの雪玉を頭にするかを思案しながら、うつむく春香をじっと見る。
春香の雪玉のほうが大きくて、伊織の雪玉の方が、キレイな丸だった。
「私、雪って好きだなぁ」
春香が、独り言のように呟く。
「春になればキレイさっぱり消えてしまうから。だから、好き」
春香の手には、小さなティアラがあった。
自分では二度とかぶれないかもしれないそのティアラを、春香は、出来たばかりの雪ダルマの頭に載せた。
雪ダルマの笑顔。
あんな笑顔で、また――。
春香の祈りは、澄み切った空にのまれ、風に運ばれていった。
【End】
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