『地の果てまで行け。海を越えて行け。木化病の治療薬を探し出せ』
『もしもそれが本物なら、大聖堂の四つ鐘と同じ大きさの黄金と、ワイン樽一杯の宝石をくれてやる』
その額は、一つの町が丸ごと買える額であり、国と国との戦争を止める事ができるだけの額だった。
貧しい者は豊かな人生を取り戻すために命を賭けた。
豊かな者はその財を肥え太らせるために貧しい者達を雇った。
若い者は両親の為に、兄弟や姉妹の為にその冒険の旅に出た。
老いた者は自分の後を継ぐ者に何かを残そうと荒野の果てを目指した。
残された者は、往きし者の無事と幸運を祈る。
食料が売れた。服が売れた。ランプとロープが売れた。刃物が売れた。
馬の値段が2倍になった。町も、村も、全てが潤った。
そして、それまで誰も立ち入らなかった森や荒野が開拓されていった。
黒井は、医者と薬を集めた。
治療薬探しの旅で傷付き、病んだ者達が帰った村には医師を向かわせ、可能な限り治療した。
そして、ある日、本物の治療薬を見つけた者が現れた。
その治療薬を使い、黒井は館の全ての木化病発症者を治す。
千早とその弟も、やよいと弟達も、そして音無小鳥も意識を取り戻し、元の体に戻る。
みんなは口々にお礼を言いうが、黒井はうるさい黙れ、と一喝し、
いくらかの金貨を持たせ、目障りだ、とっとと去れと言って追い出した。
貴音と響も、国へ帰ると言った。
黒井は残った薬の全てを貴音に渡す。
貴音もまた、自国の民を治す為、木化病の治療薬を求めて黒井の館を訪れた賓客だった。
誰もいなくなった広い館の中庭で、黒井は昔を懐かしむ。
そして、青空の下で、熱くなる目頭を押さえ、そんな自分に苦笑した。
――王者は涙など流さんのだ。
涙で濡れたその指先は、いつか見た、緑色に染まっていた。
薬は、もう無い。
黒井に残されたのは空っぽの館と、どこまでも青い、出る事の叶わない青空だけだった。
【END】
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