「その細く儚い歌声に、叶わぬ恋と届かぬ想いを乗せて。織り上げるは燃える情念の帯」
 暗い部屋の中で、春香がマイクを握り締め、切々と言葉を繋ぐ。
「この想いが叶わぬならば、いっそ、穴を掘って埋まりたい。歌うは萩原雪歩、曲は『天城――」
「隠しィ〜切れないィ〜ぃ」
 曲紹介がイントロに収まりきらず、春香は口を押さえて手振りで謝った。
 呆れ顔の律子はデンモクを操りながら首を振る。当の雪歩は既に歌に没入していた。

 スタッフとの打ち上げが長引いてしまい、春香が終電を逃した所から、この物語は始まる。
 舞台は、都内のボイスレッスンスタジオに併設されたカラオケボックス。
 プロデューサーは――いない。



 







 3人のライブは盛況の内に幕を閉じた。
 チケットは完売、席もほぼ全て埋まっていた。
 ――とはいえ、キャパ5,000人のライブハウスではあったのだが。
 それでも3人でユニットを組み、3ヶ月の節目でのライブ成功は、大きな自信に繋がっていた。
「なんか、もう今日は、ずーっと歌っていたいくらいです!」
 そんな春香の声に、珍しく、雪歩が同調した。
「せっかくなら、みんなで朝までカラオケとか、どうですか?」
「え、ちょっと雪歩! あなた門限は?」
 慌てて問い掛ける律子の声に、雪歩は嬉しそうな笑顔で答える。
「お父さん、地方周りに行ってるから、しばらく留守なんです」
 春香と律子は、何度か会った事のある雪歩の母親の顔を思い浮かべていた。
「お母さんなら、OKしてくれるから大丈夫」
「律子さんは、どうですか?」
 両手を組んでワクワクと音がしそうな表情の春香に、律子もNOとは言えなかった。
「じゃあ、たまには女3人、カラオケナイトと行きますか!」

 雪歩の歌が終わり、2人は拍手を送る。
「春香、もう入れてたわよね?」
「あ、いえ、私は律子さんの後ですよ?」
「あ、私の番か」
 律子が候補と考えていた3曲の中から1曲を選んだ瞬間、ノックの音が響く。
 あれ、何か頼んでたっけ――そう言いながら、春香が入り口のドアを開ける。
 そこにはベストと蝶ネクタイに身を包んだ女性店員が立っていた。
「お歌の最中すみません。ただいまキャンペーン中でして」
 その新しい携帯の充電サービスは、カラオケボックスの親会社が生んだサービスらしい。
 店員の持ってきた箱には、小さな扉が4つあり、携帯をその中に入れるだけで充電が可能らしい。
 ただし、非接触方式で端子やコードを繋ぐ必要が無い反面、まだ全メーカーの携帯で充電可能の確認は取れていない。
「お客様にお試し頂いて、携帯の機種を書いてもらうだけで、パーティーセットが無料になるんです」
 女性店員は入り口間近のポスターを指し示す。
 そのポスターには、籐かごの中に入ったポテトやチキンの盛り合わせが写っていた。
「いいですねー! やりましょうやりましょう!」
 いそいそと鞄から携帯を取り出す春香を、律子が止めた。
「すみません、確認なんですけど」
「はい、なんでしょう?」
「この箱に入れて、この箱はどこへ行くんですか?」
「ああ、こちらの部屋に置いたままですよ。ご安心下さい」
 女性店員の笑顔は慣れたものだった。
「じゃあまぁ、お願いしてみようかしら」
「ご協力、ありがとうございます。では、こちらに携帯電話を入れてください」
 小さな、CDラジカセ程度の大きさの箱。
 その小さな扉を開けて、3人はそれぞれの携帯電話を入れる。
 意外に厚い扉を閉めると、カチン、という金属音が聞こえた。

「遅いなー。まだかなー」
 春香が呟いた。揚げたて焼きたてが来るんですよ、きっと! と喜んでいたのも束の間だった。
「じゃあ、私、お手洗いに行ってくるからついでに聞いてみるよ」
 雪歩がソファから立ち上がる。悪いわね、と律子。ありがとう、お願いね、と春香。
 ガチャッ。
 雪歩の手に、違和感があった。
 ガチャッ、ガチャッ。
「どうしたの? 雪歩」
 春香が不思議そうな顔で雪歩を見る。振り返った雪歩は、とても不安げな顔をしていた。
「なんか、ドアが開かなくて……」
「え、それどういうこと?」
 春香が慌てて立ち上がり、雪歩の隣に立ってドアノブを回す。
 手応えが、無い。
 まるで軸からドアノブが外れているような、全くの無抵抗だった。
「律子さん、これ――」
 春香が振り向いた瞬間、部屋のインターホンが鳴る。
 ちょうどいいわ。
 そう言って受話器を取った律子の耳に、明らかに機械で変換された耳障りな声が聞こえた。
『ようこそ、ガールズ! 私達の【密室倶楽部】へ!』
 そのバックで、ざわめきと、歓声と、拍手が聞こえた。
「みっしつ、クラブ?」
『イエース! ラッキーなチャレンジャーガールズ、まずは最初のステップデース!」
 春香と雪歩が、その表情から律子の異常を察知する。
 耳を寄せ、声を潜め、3人はインターホンから流れる声に集中していた。
『ルール説明しマース。君達にはこれから180分以内に、その部屋から脱出して頂きマース」
 3時間――と春香が息を呑む。
『ガールズ達の携帯の入ってる箱、裏返してみてくだサーイ』
 声を聞いた雪歩は、飛びつくようにその箱を裏返す。その瞬間、カチンと何かが外れる音がした。
 ゆっくりと箱を裏返しにしてテーブルの上に置く。
 箱の裏には大きなクローバーの模様が描いてある。
 底には7セグ表示の数字が、『2:59:59』からのカウントダウンを始めていた。
「180分で出られなかったらどうなるの?」
『オー、アンビリバボオー! 戦う前から負ける事を考える奴がいるか! さめ! くじら!!』
 受話器の向こうで、ドッと笑いが起きた。正直、このセンスは分からない、と律子は思った。
『残念ながら脱出できなかった場合は――『爆発』しマース。ボム!』
「ちょっと、何よ、それ」
『皆さんの携帯を入れている、その箱そのものが爆弾なのデース』
 ひっ、と息を呑み、雪歩が部屋の角に隠れようとする。春香も、明らかに体が強張っていた。
「私達を殺して、どうするつもりよ。なんの得があるっていうの!?」
『得? そんなものありまセーン。ただ、ガールズ達が本気にならないと、賭けが成立しないのデース』
 歓声が聞こえる。インターホンで繋がっている空間は、広い。
 インカム越しに聴いた、会場の歓声よりは小さいけれど、それでも、100人程度はいるのだろう。
『携帯は取り出せまセーン。外部との連絡は不可能! インポーッシボー!』
 インターホンの向こうの男は、司会者だろうか。主催者だろうか――律子は考えた。
 結論=どっちだって一緒。
「いいわ。脱出してやるわよ」
 男は、賭けと言った。だとすれば、少なくとも何%かは勝ちの目――脱出成功の可能性があるという事だ。
『グッド・ラック、ガールズ!! 私達は、全て見てますからね。楽しませてくだサーイ!』
 インターホンを置き、律子は2人に状況を告げた。

 やがて3人は、いくつかの仕掛けを見つける。
 絵の額を外すと、12桁のダイヤル錠が埋め込まれていた。
 ソファの下に、ステンレス製の、マッチ棒程度の大きさの四角柱が落ちていた。
 そして、本のタイプの通信カラオケの曲リストの中には、一枚の紙が挟まっていた。

 『シロツメクサの花言葉は、何?』

 これが映画の撮影ならいいのに――そう思わずにはいられなかった。


                                                              【End】

 

 

 『一時間SS』 2010/5/14参加作品 お題:「仰ぐ」「爆発」「白詰草」「映画」

 

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