天海春香 《棍棒の従者》


 私は、千早ちゃんとデュオを組んでいます。
 私は歌が大好きで、大好きで、そこも千早ちゃんと一緒です。
 私なら、人付き合いが下手な千早ちゃんに新しい世界を伝えられるから――。
 それは、千早ちゃんにとって、とっても大切な事なんです。

 前に、テレビ局のディレクターさんにご挨拶をしに行ったことがありました。
 ディレクターさんは私達の衣装とか、ルックスばかり褒めてくれて。
 千早ちゃんは、今にも怒り出しそうな雰囲気で。
 でもね、違うよ。千早ちゃん。
 私達の歌をたくさんの人に聞いてもらう為には、こういう人が必要なんだよ。
 マイクやスピーカーが、CDのディスクが、私達の歌を好きな訳ないじゃない?
 道具なんだよ。
 私達の歌をファンに伝える為の、日本中に響かせる為の、道具のひとつ。
 だから目の前のおじさんは、私達の歌にこれっぽっちも感動してなくたっていいの。
 私達はニコニコしてればいいんだよ。

 芸能界は、真っ直ぐなだけじゃダメなんだよ。
 でもね。
 千早ちゃんには真っ直ぐでいて欲しいから。
 だから。

 私は千早ちゃんとデュオを組んでいます。

 私が千早ちゃんの杖になって、道を照らして。
 私は、千早ちゃん為ならなんでもできるよ。
 だからこれからも、2人でトップアイドルを目指そうね。


 

 




  如月千早 《聖杯の王》



 私は飲みかけのオレンジジュースのストローを春香の口にくわえさせる。
 春香のキスは、もう要らない。
 2人の間を遮るように曲げた左腕で、春香の体を遠ざけながら、私は視線を逸らす。
 目を見れば、きっとまた騙されてしまうから。
 春香も、私の視線を追うように彼方を見詰める。
 ごめんね。春香。そこには、何も無いの。

 私は春香と友達でいたい。
 でも、パートナーにはなれそうにない。

 私が求めるのは《従者》じゃない。

 春香は私を助けてくれるけれど、それは私の為じゃない。
 私達の為。そして結局は春香の為。
 自分の力で行けない所へ、私と一緒なら行けると思っている。
 私の気持ちなどお構い無しに。

 かつては、私も春香の努力を信じていたけれど。
 私が求めるのは、欺瞞と独善に満ちた《従者》じゃない。




  水瀬伊織 《貨幣の王女》


 私は、私に相応しいパートナーを探しているの。
 この水瀬伊織と釣り合うだけの人間――。
 そうね、765プロの人間なら、せめて千早くらいの力は欲しいわ。
 千早の歌声なら、私を彩るに相応しいもの。

 プロデューサーが2人をデュオにしたけれど、まるで意味が分からないわ。
 2人の組み合わせが、上手く機能しているとは思えないもの。
 出演したVTRを見たけれど、悲惨なものだった。
 春香の歌は千早に追いつけていないし、むしろ足を引っ張っていた。
 変に千早を意識しているせいで、その時よりもおかしなクセが出ている。
 トークにしても、千早をフォローし切れていない。
 単純に、千早の時間を奪って自分の物にしているだけだ。

 私なら春香より上手く千早と歌える。
 私なら春香より上手く千早と話せる。
 私なら春香より上手く千早を活かせる。
 誰にだって、分かりそうな事なのに。

 あと3ヶ月も経てば、2人のデュオは活動停止。
 おめでとう、如月千早。
 あなたはいよいよ自由になるのよ。
 おめでとう、如月千早。
 あなたに相応しいパートナーとして、私が組んであげるわ。

 私は千早の身体に手を回し、能天気な春香を睨む。

 春香、あなたでは力不足よ。千早は私に寄越しなさい。





 

 


  如月千早 《聖杯の王》


 ウエストに絡みつく腕に、ついため息が漏れそうになる。
 正義と義憤の女神のように、断罪の視線が春香を射抜く。
 私は、水瀬さんへの捧げ物になる気は無いのだけれど。

 私を押さえつけるその腕は、支配なのかしら。
 ノブレスオブリージュを気取るあなたの顔は、とても高貴で美しいわ。
 でも、私の求めるパートナーじゃない。
 私の上に立ち、私を愛でる女王様。
 残念だけれど、水瀬さん。あなたにまだその風格は――無い。

 淋しい淋しい《女王》様。
 兎みたいな《女王》様。

 私と共に来なさいと言うその口で、一言でも心を吐いたなら、答は違ったかもしれない。
 押さえつける支配ではなく、すがりつく歳相応の憐憫なら、答は違ったかもしれない。

 一人は嫌、と言ってくれれば。
 一緒に歌おう、と言ってくれれば。

 残念ね。

 あなたはあなたの気高き誇りで白亜の城壁を築き、まだか弱い自分を守る。
 そしてその城壁が高い壁となり、私を遠ざける。


 


  星井美希  《剣の騎士》 



 千早さんのこと、ミキ、大好きだよ。
 千早さんの声すっごくキレイだし、ダンスもカッコイイよね。
 千早さんのステージ見るの、大好き。
 千早さんを、客席から見るのも、舞台袖から見るのも、大好き。
 
 春香は、千早さんとのデュオを続けたがってる。
 自分が千早さんと組むのが当然、みたいな顔してる。
 でも、もう一度は無理だよね。だって、千早さんが窮屈そうだから。
 きっと、春香はソロになると思うよ。1回、自分の力だけでやってみるといいと思うな。
 そうしたら、また春香も色々思い出すよ。きっと。
 だから、ミキは春香を支えてあげる。千早さんと少し距離、はなそ。ね?

 デコちゃんは、千早さんに相応しいのは春香じゃなくて自分、って思ってるみたい。
 なんか結局、千早さんが765プロで一番有名人だから、自分のものにしたいんだよね。
 『私より有名な千早』さんが気に入らなくて。でもデュオさえ組んじゃえば『有名な私達』だもんね。
 でもさぁ、それってかえってツラいと思うなー。だって、ずっと比較されちゃんでしょ?
 デコちゃん絶対に負けを認めないし。それ、千早さんにとってもメーワク、って思うな。

 そうだ。ミキがデコちゃんと組んであげようか!
 そしたらデコちゃんも寂しくないよね。
 大丈夫。ミキとデコちゃんでデュオになったら、千早さんと同じくらい有名になれるよ。うん!

 そしたら、千早さんは自由だもんね。
 なりたがってた、ソロになれるよ。

 ミキはね、一番カッコイイ千早さんが見たいな。
 その為なら、なんでもするよ。

 美希はずっと、千早さんを見てるからね。




 

 

 


  如月千早 《聖杯の王》



 私は一人になりたかった。
 私は、孤独で構わなかった。

 優しい眼差しも、温かい言葉も。
 強い期待も、背中を押す言葉も。
 全てが私を弛緩させる。
 称えられる為に歌う歌に――。
 誰かのお陰で歌える歌に――。
 いったい、どれだけの価値があるのだろう、と。

 でも、違っていた。

 私は。
 私は。
 ――と、自己欲求の成就の為に口を開くのではなく。

 あなたは。
 あなたは。
 ――と、私の事を慕ってくれる滅私の心に、私は惹かれる。


 あなたとなら、もしかしたら――。
 そう、思ってしまった。


 だから私は、あなたのその執着の無さを恐れる。
 
 気まぐれなその瞳を繋ぎとめたくて。
 掴み所の無いその心を確かめたくて。


 差し出されたあなたの左手に、私は自分の右手を重ねる。
 伊織に気付かれないように――。
 春香からは見えないように――。

 あなたの手のひらの優しさを感じながら、私はそっと指を絡める―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


                                                              【End】

 

 『一枚絵』第5回参加作品

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