私達は、血と、鋼の世界で生きている。
それは、生と、死の象徴だ――。
ザンッッッ!!
厚い鋼の刃が、腐肉に包まれた骨を断った。
“それ”はグシャリと音を立て、その場に崩れて落ちる。
「春香!? 無事だったのね!」
千早がリノリウムの床から立ち上がり、床に広がる染みを避ける。
「無事――みたい。今のところ」
えへへ、と笑う春香の手には、災害救助用の手斧が握られていた。
「ボイスレッスン、役に立ったね」
春香が、冗談めかして笑った。
千早が、そうね、と淋しそうに頷いた。
自分達がなぜここにいるのか、2人は知らない。
気が付いた時、狭い部屋の中に6人がいるだけだった。
窓の無い部屋には、扉が2つ。
片方は、白いアクリルの扉。
片方は、銀色のステンレスの扉。
春香にとっては、どこかで見たような雰囲気だった。
アメリカの、ホラー映画かサスペンス映画だったと思う。
壁は青いタイルで覆われ、病院のような雰囲気だった。
「まるで、手術室みたいだな」
天井から下がる独特の照明を見て、響が言った。
「やめようよ。そんな事言われたら、落書きが血に見えるよ」
真の声。そして、全員の視線が床に落ちる。
purgatorium.
真っ赤なスプレーで、床にはそう書かれていた。
「プーガト……?」
「“プルガトリウム”よ」
雪歩の後を、律子が継いだ。
「罪人が、犯した罪を償う為に浄化の炎で焼かれる場所」
誰かの喉が、音を立てた。
「『煉獄』という意味よ」
私達は、いったいどんな罪を犯したんだろう?
「律子や真は、見つかった?」
「ううん。呼んでも、全然ダメ」
動かないエスカレーターを上りながら、春香は首を横に振る。
今や階段でしかないエスカレーターを上りきると、階数表示がB-632になった。
最初は、何かの冗談だと思った。
6人が目覚めた『煉獄』は、B-666だった。
「地下600階まである建物なんて、本当にあるのかしら」
千早の声に、春香は曖昧な返事を返す。
何の手がかりもなく、今は、頼れる人間もいなかった。
真っ暗な廊下が伸びていた。
足元を照らす小さな灯りを頼りに、2人は次のエスカレーターを探す。
――もしはぐれたら、地下630階で合流しましょう。いいわね?
律子の声が、今も耳に残っている。
雪歩を助けに行こうとした春香の代わりに、律子が部屋を出て行ったのだ。
――大丈夫、護身術の心得はあるから。怪我人は大人しくしてなさい。
律子は笑いながら、出て行った。
暗い部屋の中、痛む左腕を押さえながら、春香は祈った。
「春香、どうしたの?」
千早が、不安そうに顔を覗き込む。
「ん? ううん、なんでもないよ。」
春香は無理矢理笑顔を作り、笑って言った。
声の演技には自信があった。
明かりの無いこの場所なら、きっと千早にも気付かれない。
そう信じて、春香は左腕の傷口をきつく押さえた。
牙。
痛み。
熱。
もしかしたら、私も、あんな風に――。
“それ”と呼んだ。あるいは“あれ”と。
映画だって見る。
ゲームだってする。
現代人にはおなじみの、“あれ”だ。
でも、それをそう呼びたくはなかった。
“あれ”が、元々人間だなんて認めたくなかった。
もしかしたら、自分達も――。
――何かのバツゲームみたいだね。
真の声が、不意にフラッシュバックする。
春香の左腕が、ズキズキと痛む。
そこは熱の渦となり、まるでそこが心臓のように鼓動していた。
きっと男が見れば他愛のない過ち、
繰り返してでも――
千早の声が聞こえた。
乱れの無い、綺麗な、澄んだ歌声だった。
私達は、過ちを犯したのだろうか。
私達は、罪を重ねたのだろうか。
それは、許されるのだろうか。
この身を、浄罪の炎に投じれば、赦されるのだろうか。
「春香、見て!」
B-630。
約束の地に、私達は辿り着いた。
右手の手斧で、自分の左腕を切り落としたい衝動に駆られながら。
額から流れ落ちる冷たい汗を拭えぬまま、目を閉じ、開きながら。
探そう。みんなを。
帰ろう。みんなと。
男では耐えられない痛みでも、
女なら耐えられます 強いから――
【End】
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